1995年
鎌倉映画塾2年生の時の作品。サンダンス・NHK国際映像作家賞で10本に残り、もしかしたら自分にも描けるんじゃないかなと自信を持てた作品。
どうも僕は「ふたり」という言葉が好きらしい。
「ふたりだけの二人」の企画意図
池田真也
1982年には約50万人だったフリーターが、20年後の現在、約200万人と4倍に増えています。これほど多くの若者が社会を拒んでいるのです。
従来の価値観が通用しなくなった時代になりました。子供たちの学力は低下し、教師の多くが生徒の意欲がないと言います。長引く不況で倒産やリストラが相次ぎ、高学歴でも将来は保証されないことに若者たちは気づいてしまったのです。そして彼らのうちの多くが享楽だけを追い求め、生きる目的も見つけることができず、虚しさの中をさまよっています。
若者たちは刹那的だと言われます。未来が明るいとは思えない。だったら今がよければそれでいいと・・・。
しかしそれが彼らの本心なのでしょうか。私にはそうは思えません。
彼らの多くが「自分はこれからどうやって生きていくのか」を真剣に考えていながら、答えを見つけることができずに、考えることから目をそむける事を選択しているのだと私は思います。考えれば考えるほど未来は暗く、不安に押しつぶされそうになっているからこそ、逃避できる場所に入り込んでしまうのです。
この作品は「社会と距離感を持てずに苦しむ」ということが大きなテーマです。生きていることに現実感がない。誰かと話をしたい、けれども話すことがなにもない。「愛」にしても、相手を思いやるのではなく、自分をリアルに感じることだけをひたすら求めつづける。そんな登場人物たちは現代の若者たちに通ずるところが多いと思います。
「ふたりだけの二人」は絶望的な未来を目の前にし、どのように生きていくかを迷っている人間の叫び声です。答えは示していません。なぜなら簡単に答えの出していいことではないし、また私自身がわからずに迷っているからです。どうしていいかわからないからこそ「どうしていいかわからない」と叫んだのです。
この物語は他に身寄りのない兄妹が主人公です。進学も就職もせず、万引きや盗みを繰り返しながら、世界と全く接点を取らずに生きています。ふたりだけの世界を作り、そこから出ることを怖がっています。ふたりで作る世界は優しくて甘美であり、そこから出ることを恐れています。(それはフリーターになることを選択する人たちが社会に出ることを恐れる気持ちと同じではないでしょうか)
しかしそんな生活は長くは続かないと兄は思い、外に出ようとします。その日暮らしは辞めて、仕事につきます。しかし彼らを待ち受けていたものは絶望でした。社会とコミュニケーションをとることができず、陰湿ないじめにあったりして、何をやってもうまくいきませんでした。
現実に引き裂かれたふたりが選択したのは、元にもどるということでした。ふたりだけの世界をもう一度築き、もうそこからは決して出るまいと・・・。
社会に対してより攻撃的になったふたりに待ち受けている将来は、明るいものではないでしょう。しかし今目の前にある甘美な世界に恍惚となるのでした。
この作品は万人受けする作品ではありません。しかし「幸せ」になるための答えを見つけることができず、刹那的に生きることを選択する、多くの迷える若い人々に訴えることができると私は信じています。
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